ベジタリアン

  ご案内をいただいたので、昔お世話になったギターの先生のリサイタルに行ってきました。「ギターは小さなオーケストラである」というのは幻想交響曲で有名なフランスの作曲家ベルリオーズの言葉ですが、先生のギターひとつで200人ほど入る小さなホールが豊かな響きに包まれて、この言葉を実感として思い出しました。
  まったく音楽の素養もない私がクラシックギターを学びたいと思い立ったのは40歳代の初め、人生で一番仕事に忙殺されていた時代です。何かに息抜きを求めて、職場で年の近い先輩はフルートを習い始めたのですが、私は通える範囲にスペイン留学帰りの新進のギタリストがいて「初心者でも可」ということだったので、ギターを習うことにしました。週1回、2年間近く通ったのですが、結局、練習の時間を取れないのと才能のないことで断念。20年以上が過ぎた今は、先生のご紹介で買った手工品のギター(我が家唯一のお宝?)と、右手の爪をいつも長く伸ばしておく(左手の爪は常に切っておく)習慣だけが残っています。なお、フルートの先輩はいまだに続けており、時々先生と一緒に演奏会に出ているようです。
  ところで、およそ2年ぶりにお会いしたギターの先生は、まだ還暦前ながら音楽雑誌では「ベテランギタリスト」とか「円熟の技」などと評されてすっかりギター界の重鎮になっておられるのですが、ひと頃よりもずっと痩せて精悍な身のこなしです。意外に思っていたところ、演奏の合間のトークで、「3年前から完全なベジタリアンになって、お陰で体調も良く、風邪も引かなくなりました」とのこと。よく見ると、当日会場で買った先生のCDジャケットには先生の肩書きの一つに「オボ・ベジタリアン」とあり、「真に美しい響きを追求するために音を磨き、心を磨くことと、ベジタリアンとして他の生命を尊重する生き方をすることは一つに繋がっている」と書いてありました。
  その前段には、「食べるために動物を殺すのは仕方がないという人もいるが、動物であっても、嫌がるものを捕まえて殺すのはとても理不尽なことではないか。ペットが死ぬと悲しむ人は多いが、大切なペットも、天然記念物のトキも、スーパーの肉や魚も、かけがえのない生命ではないだろうか」とも。さらには、レオナルド・ダ・ビンチの言葉として、「人の残虐さはすべての動物を上回っている。私たちは他の生命を奪って生きている。つまり私たちの身体は、動物の死体を葬る埋葬の場なのだ。私は幼い頃、二度と肉を食べないと誓った」というのも紹介していました。
  そして、先生が肉や魚を食べないことにしたのには、肉食が地球環境に及ぼす影響の大きさというもう一つ大切な理由があることが、CDジャケットの先生の言葉や、リサイタル会場の入り口でもらったリーフレットで分かりました。例えば、穀物を家畜の飼料として与え、その肉を人が食べる場合と、穀物をそのまま人の食糧にする場合とでは、必要な穀物量が16倍も違うとか。穀物栽培のための森林伐採や砂漠化の進行に大きな影響があります。また、毎年全世界で560億匹も生産されている畜産動物に与えるための穀物をそのまま人間の食糧とすれば、飢えに苦しむ貧しい20億の人々を十分支えることができるとのことです。その他、菜食が健康によく、成人病軽減効果があることなどが書いてありました。
  まったく知りませんでしたが、地球環境の保護のため、国連が「週1日は菜食を!」と呼びかけ、全世界的に月曜日を菜食の日にする「ベジマンデー」という取り組みが既になされているようです。先生のリサイタルをきっかけに知ったこのような多くの事実・・・。
  日本人は欧米人ほど肉を食べず、時には魚も食べない精進料理の風習もあることから、私自身はこれまで菜食主義の必要性をそれほど感じてはいませんでした。ただ、孫が生まれて人並みに年長者の慈愛が自然と湧いてきた頃から、小動物も含めたすべての生命を愛おしく感じる度合が強くなっていましたが、それでも、歳をとっても動物性タンパク質をきちんと摂取しないと元気が出ないと信じ、毎食、肉か魚を摂っていました。あれこれ考えた末に妻にも話して、とりあえず出した結論は次のとおりで、必ず実行したいと思っています。先生にも決意のほどをハガキで報告しました。
 ①他の生命を糧とすることに感謝を込めて、毎食時きちんと「いただきます」と言ってから食べる。
 ②毎週月曜日は、肉、魚、卵を食べない日とする。(乳製品は可とする)