台湾からYさん一家来訪

  6月下旬に、台湾からYさん一家が日本に観光旅行に訪れ、我が家にも3泊4日滞在しました。Yさんはちょうど20年前、台湾から横浜YMCAの日本語学校に留学していたときに我が家にホームステイをしたことがあり、帰国して日本など向け輸出企業の管理職となった後も訪日の際に時々寄ってくれます。我々夫婦も招待をされて台湾を訪れ、大歓迎を受けたことがありますが、その訪台の際に「小Yちゃん」と呼んでいた2歳の男の子が早15歳に、その後に生まれ、まだ会ったことがなかった下の男の子は12歳になっていました。看護師だった奥さんは勤めを辞めたそうですが、とても仲の良い家族4人です。今回の家族での訪日は、以前から我が家で招待していたこともありますが、敬虔なクリスチャンのYさん一家が地元で通っている、キリスト教会の仲間と一緒に数家族で合同で催したもののようです。Yさん一家は一足先に訪日して我が家に滞在し、その後、他の家族と東京で合流するとのことでした。
  成田に着いたのは火曜日。台風の襲来が予想されていたので、飛行機が飛ぶか心配していましたが、遅れることもなく到着。そこからリムジンバスに乗って、私が車で迎えに行ったYCATに夕方7時半頃、家族4人、大きな荷物を持って姿を見せました。その日の夜は、ホットプレートでバーベキュー。旅の疲れも見せず、二人の男の子は肉や海鮮や野菜等をモリモリと食べてくれました。2階の10畳和室と6畳洋室を用意していたのですが、10畳に家族揃って寝るということに。日本の畳の部屋がやはり珍しくて、気に入ったようです。
  翌水曜日は、私はどうしても外せない仕事のために朝早くから夜遅くまで不在。妻が、一家を電車で鎌倉及び江ノ島に案内しました。そして、木曜日は私も1日フルに相手できる日。Yさん家族4人と我々夫婦2人の計6人は我が家の車には乗れないので、予約していた7人乗りのレンタカーをまず駅前の店に借りに行き、全員で箱根へと向かいました。あいにくの雨。訪日初日は夜半に台風が通過する暴風雨、昨日の鎌倉等も雨の中、そしてこの日の箱根も雨。富士山を見たいといっていたので、晴れていればロープウエーに乗って大涌谷からの展望等を楽しむ予定でしたが、断念。芦ノ湖で遊覧船をと思いましたが、船は出ていたものの雨が強いのでこれも断念。湖畔で船をバックに写真は撮りました。ではどこか屋内施設に入ろうと箱根ガラスの森に行くことにしましたが、そこまでに至るまでにまず通った芦ノ湖スカイラインがすごい濃霧の中。前方が15、6メートル先しか見えず、Yさんのアドバイスでライトを点けておっかなびっくり進みましたが、結局、対向車もありませんでした。それでもガラスの森の辺りは標高が少し低いのか、霧もなくなり、雨も小雨になってきました。
  
  ガラスの森に入ったのは正解。私は数年前、11月に来て素晴らしい紅葉を楽しみましたが、6月のこの日は、雨に濡れた緑が一面に輝いて、洒落た建物とも併せて、夢のような空間になっていました。ここはイタリアのヴェネティアンクラスの展示が中心で、イタリア人の設計になるヴェネティア風の建物と庭園を楽しむ趣向になっているのですが、周辺の箱根の山の日本的な風景ともマッチして、台湾人のYさん一家には、ことのほか喜んでもらえました。館内のレストランで、イタリア人歌手によるカンツォーネを聞きながらの食事も楽しいものでした。演奏が終わってから2人の歌手が各テーブルを回って来たので、10年来イタリア語の勉強をしている妻が、「イタリアのどこから来たのか」と尋ねたところ、どうやらイタリアから直接ではなく、アメリカ移民のイタリア人のようであったとのことでした。ガラスの森を出た後は、国道1号線が土砂崩れで山崎〜宮ノ下間が不通となっていたため、また箱根新道の大観山ICまで戻り、どこもがら空きのルートを我が家に帰ってきました。

  金曜日、Yさん一家は我が家から池袋のホテルに移っていきました。私も一緒に車で駅まで行き、湘南新宿ラインに乗るまで案内しましたが、一家はとても元気に別れを惜しんでくれました。その日から、遅れてきた台湾の他の家族と合流してさらに東京ディズニーランド秋葉原東京スカイツリー等々を楽しんだようです。翌週火曜日に、「今、成田です。これから帰国します」との電話連絡がYさんからありました。
  ここで、二人の子供たちのプロフィール。15歳のお兄ちゃんはサッカーが大好きというスポーツ少年。身長は父親よりもさらに高く、176cmあります。妻が多めに焚いていたご飯も足りなくなるくらいの食べっぷりが、爽快でした。フェイスブックに凝っていて、持参したパソコンを我が家の光回線につないで、鎌倉や箱根に行った時の写真だけでなく、我が家の食卓や寝室の模様までアップ。台湾にいる友人達からも「いいね」と、たくさんのアクセスが来ていました。この年齢の日本の子どもがどのくらいこのようなことを行っているのか分かりませんが、台湾のIT事情は日本以上に進んでいるような気がしました。来日前に高校進学のテストを受けてきていたとのことですが、相当に優秀な高校に行くようです。
  12歳になる弟は、小児麻痺により手足がやや不自由。それでも、看護師資格を持つお母さんも父親のYさんも、「身体を使わないと機能がダメになりますから」と、そっと手は貸しますが、基本は自分で歩かせていました。我が家の2階の階段も手すりを使って昇降し、箱根のガラスの森でも、階段の多い館内をゆっくりと回っていました。ただ、ディズニーランドに行ったときの写真を見たら、車いすに乗っていましたので、これは、優先入場という特権を家族も享受したものと見られます。手足にややハンディはありますが、とても優しくて頭の良い少年。大きくなったらIT技術者になりたいとのことで、兄のパソコンを借りて器用に操作していました。兄弟の成長が楽しみです。