都知事選

  東京都知事選挙の告示日を前に、立候補予定者を巡る話題で大変賑わっています。誰に知事になってもらいたいか、私個人の思いはありますが、都民ではないので選挙権もないし、成り行きに任せるしかありません。ただ、今のところ、知名度のみを頼りにしたタレント的な候補が出ないのは幸いですが、ひと昔前の政治家が都政に関係のないテーマを掲げて出てきたのにはびっくりしました。友人は、幽霊が出てきたと言っていますが、それは失礼にしても、地道に都民生活の向上や地方自治の確立を争点として競い合ってもらいたいものです。
  私がプロフィールや実績等について割とよく知る都知事は、美濃部亮吉鈴木俊一青島幸男石原慎太郎の各氏ですが、世界都市博を中止(それが良かったことかどうかの評価は2分していますが)したことだけしか実績のない青島氏を除き、他の3氏は、東京都の知事として、しっかり足跡を残されたと思います。
  美濃部氏については、バラマキ福祉で東京都の財政を破綻させかけたという批判がありますが、「ポストの数ほど保育所を」というスローガンの元に働く母親のための保育所設置に努めたり、障害児童の全員就学や障害者施設の整備、高齢者医療費の無料化など、社会的に弱い立場の方たちのための施策を先駆的に数々行った功績は歴史に残ると思います。その政治手法も、長期計画「広場と青空の東京構想」という題名に象徴されるように、都民参加を徹底したものでした。
  石原氏については、弱い立場の方たちへの施策は進まなかったものの、ディーゼル車の排ガス規制を実現したり、国に対してもの申す姿勢で首都東京の存在感を上げ、他の自治体と連携して地方自治の強化を図ったことは良かったと思います。中国の人権問題を鋭く指摘したり、アメリカにも率直な物言いができる知事でした。何より、知事記者会見等での、政治や社会、芸術文化等々に関する古今東西にわたる博識ぶりについては、たびたび感心させられました。 
  そして私が、歴代都知事のなかでも最高に位置づけるのが鈴木氏です。自治省出身の官僚で「地方自治の神様」とも言われた同氏ですが、美濃部都政後期に破綻しかかっていた都財政を再建し、社会福祉ほか都政全般にわたる課題を3期にわたる長期計画に基づき、手堅く着実に達成し、充実させていきました。東京都が我が国自治体のリーダー的役割を果たし続けているのは、鈴木都政時代の成果によると言えます。晩年の、東京フォーラム等の大型施設整備について、「箱物行政」の行き過ぎのような批判もありますが、丸の内から新宿への都庁舎移転も含め、100年を見通した都市整備の一環として評価こそされるべきものだと考えます。
  3年半前、99歳で鈴木氏が亡くなられたとき、青山葬儀所で行われた「都葬」に私も参列しましたが、その印象は、生前の同氏の人柄を偲ばせる素晴らしいものでした。東京出身ながら京都の旧制第三高等学校に学んだ鈴木氏が生前に最も愛唱したという「琵琶湖周航の歌」の曲が繰り返し流れる中を沢山の菊花で飾られた祭壇に進むと、何枚かの想い出の写真から鈴木氏が語りかけてくるような雰囲気です。そして、感激したのは、葬儀のあとしばらくして、令夫人のお名前で、自宅宛に会葬御礼のご挨拶状をいただいたことです。もちろん、葬儀参列に際し、香典等は一切無用でしたが、このご挨拶状は、封筒に宛先を一枚ずつ毛筆で筆耕してある本格的なもので、膨大な数の会葬者全員に送られた費用や手間は大変であったと思います。
  気骨ある明治生まれの政治家として、卓抜な行政手腕を示す一方、高潔で実直、かつ、とても優しいお人柄でしたが、よくその意を体されたご遺族のもと、私が理想と考える葬儀等の形を示されたと感じました。 
  都知事選からやや話が逸れましたが、要は、この鈴木元知事ような手腕や人柄を持つ、的確な方に知事になっていただき、辞任に追い込まれた前知事によって地に落ちた都政への都民の信頼回復をしてもらいたいと思います。そして何より、東京に住む3人の孫たちにとって住みよい、ふるさととして誇りうる東京を、ぜひ築き上げていっていただきたいと願っています。