ホームステイ②

  児童養護施設の児童が我が家にホームステイに来てくれました。Wちゃん。中学1年生の女の子です。妻と一緒に車で施設に迎えに行き、施設長と担当の職員の方と打合せの後、Wちゃん登場。この日を楽しみに待っていてくれたそうで、やや緊張の中にも笑顔です。手に持ったリュックの中には、着替えなどの他、勉強道具も入っているそう。
  妻と一緒に車の後部座席に乗り込み、運転している私も含めて3人で、我が家までの間、いろんなおしゃべりをしました。私たちのことは「おじさん、おばさん」と呼んでもらうことにしましたが、意外に思ったのは、言葉遣いが結構丁寧なことです。すっかり打ち解けた翌日には少しタメ語も交じりましたが、滞在中、基本的にはきちんとした言葉づかいができていましたので、私たちに対する遠慮や他人行儀というよりも、年齢相応の成長に基づくものと感じました。
  このことも含め、中学1年生というのはどの程度人間として成長し、社会性を身につけているのか、どんなことに関心をもって毎日を過ごしているのか、どの程度の学力や知識があるのか、等々。我が子のその年齢の頃はよく覚えていないし、孫3人はまだ天真爛漫な年齢なので全然よく分かりませんでしたが、今回のWちゃんとの交流で、だいぶん理解が進んだ気がします。結論から言えば、子どものような面も若干残っているけれども、基本的には、決して子ども扱いにしてはいけない年齢である、ということです。
  夕方5時頃に我が家に着き、妻が早速夕食の準備を始めたところ、Wちゃんから「私も手伝います」との申し出。それを、「まあまあ、長い時間車に乗ってきて疲れているから、少し休みなさい」と、ソファに座らせてアップルTVで好きな映画を選ばせたら、子ども向けのアニメを夢中で観始めました。次いで私のパソコンで、「ヘイセイジャンプ(?)」とかいう男の子のグループの動画を出し、「おじさん、来て。この男の子かっこいいでしょう? 私、この人のファンなんです」とのこと。
  この時間ですっかりくつろいだWちゃん。妻が前の日から仕込んでおいたカレーライスには「お肉が柔らかくて美味しい」、野菜サラダには「ドレッシングが美味しい」と、どんどん食べてくれました。「どのように美味しいか、具体的に言ってくれた」と、妻は大喜び。食事の後はみんなの分まで食器を流しに運んでくれました。第2部のデザートでは、私が午前中に買ってきていた4個のそれぞれ違うケーキをしっかり見比べながら、「マロンのが好きです」とすぐに選んでくれました。、
  一人で入浴をした後は、2階の和室に席を移しての学習タイム。再来週から中間テストがあるということで、数学と英語のワークブックを持ってきていました。まず私が数学を見てやることになりましたが、中学校の数学、しかも1年生のくらいは何とかなると高をくくっていましたら、分数を使った2次方程式で結構難しい。しかしWちゃんは、1学期の通知表は数学と英語は「5」とのこと。自分でどんどん解いていって、よく分からない文章題の解き方を私に教えてもらいたがりますが、その私もよく分からない。結構冷や汗でした。
  小1時間ほど数学をやってから妻と交代し、今度は英語の時間。これが、Wちゃんには楽しくてたまらなかった模様です。妻の「使える英語」という方針のもと、2階で大きな声で英語のリーディング等をやらされていましたが、これも小1時間ほど行った後に下に降りてきたWちゃんは、興奮して何でも英語で話そうとします。
  その後は、学習時間中に放映されていたTV番組(ヘイセイジャンプのメンバーも出る探偵番組。Wちゃんの希望)を録画したのをみんなで観て11時頃に就床となりました。 翌朝、7時頃に起きてきたWちゃんに「よく眠れた?」と聞くと、「ぐっすり眠って、ベッドから落っこちちゃった」とのこと。「毛布ぐるみ落ちたので痛くはなかったです」とのことでしたが、怪我がなくて本当に良かったと思いました。
  朝食を食べて、また昨日の残りの英語の勉強をしてから、10時頃に家を出て鎌倉へ。まず、鎌倉駅から鶴岡八幡宮に向かいました。段葛を通り、赤橋や源平池を観ながら大石段の下へ。昨晩の数学の指導でやや頼りなかったおじさんは、歴史の知識で挽回しようと、源実朝が本殿でお参りをした後、石段横の大銀杏の陰に隠れていた甥の公暁に襲われた話を、強風で倒木して今は大きな根っこだけしか残っていない大銀杏を指しながら説明したりしたのでした。
  ここで予期せぬハプニング。3人でお参りをした後、Wちゃんがおみくじを引いたら、大凶が出ました。一瞬暗い気持ちになりましたが、おみくじを結ぶ木のところに、凶や大凶が出た時は向こうの赤い箱に入れるように書いてあり、そこには入れる前のおみくじの折りたたみ方や、入れた後に横の握り棒を握るようにと書いてあります。Wちゃんがその通りにやった後、何故か私は、「これでいい。この子にこれまで辛かったことや悲しかったことがあったとしても、今日、これできれいにお終いになったのだ」と、むしろ嬉しい気になりました。
  次に、小町通りから横道に逸れて、銭洗い弁財天を目指しましたが、一転、人が少なくなり、お屋敷町のようなところをゆったりと歩けます。途中で、脱サラの夫婦が始めたような燻製品の店で、上に燻したナッツを載せたアイスクリームを買いました。快晴の天気の下、3人でそれを食べながら歩く様は、祖父母と孫娘の幸せな鎌倉散歩風景そのものに見えたと思います。
  銭洗い弁財天では、Wちゃんは今日の小遣いとして私が渡した千円札をザルに入れて洗い、「本当に倍になるんですか?」と聞くので、「値打ちが倍になるよ」と答えておきました。私も自分の千円札を洗っていたら、後ろで外国人男性2人が真剣に見ていたので、妻が「あなたたちはこんなことを信じますか?」と英語で問いかけ、みんなで大笑いとなりました。
  銭洗い弁財天を出て、さらに坂道を上って大仏ハイキングコースに入り、大仏様を目指しましたが、ここまででもかなり歩いたのでWちゃんは、「また歩くんですか・・・? 私死んじゃいそう」ときつがります。しかし私は、Wちゃんがこの夏に富士山に登頂したことを聞いていたので、「富士山に登れた人がなんでこの位できついんだよ。おじさんを見習って歩こうね」と言ったら、時々、「ダッ、ダッ、ダ」と小走りに私を抜いて行きます。
  そんなことをしながら、やがて高徳院の大仏様へ。お参りをし、お決まりの写真を撮って休んでいたら、「カメラを貸してください」と、私のカメラを持って仁王門の所に行き、「これは運慶と快慶が作ったんでしょう。社会科で習いました」と、何枚か写真を撮っています。鎌倉の大仏様のところのこれも運慶と快慶の作かは知りませんが、その流れは引いているのかもしれません。
 高徳院の仁王像(Wちゃん撮影)
  大仏様前の土産物店では、小遣いから300円を出してミニチュアの大仏像を買い、「社会科の先生に見せるんだ」と、張り切っています。店を出て、人混みの中を長谷駅まで歩き、レトロ風の江ノ電に乗って鎌倉駅到着。駅ビルの中華料理店で遅い昼食をとってから帰宅しました。すぐに写真のプリントアウト。学校の先生と園の担当職員のFさんに見せるのだそうです。このほか、大仏様の拝観券も大切そうにしまっていました。
  夕方、私が車で送って園に到着。Fさんがにこにこと笑って出迎えてくれて、Wちゃんに「どうだった?」と聞いたら、Wちゃんもにこにこ顔で、「楽しかった!また行きたい」と即答。「また行きたい」と言ってくれたことが私には無性にうれしくて、「またお出でね!」と、すぐに言ったのはいうまでもありません。
  今回のWちゃんのホームステイ受け入れの前後で感じたのは、様々な事情で親と一緒に過ごせない子ども達が、養護施設という制度の中でたくましく、すくすくと育っていることです。施設の職員の皆さんの懸命な養育に加え、学校の先生方の温かい見守りや、先日、施設の夏祭りで伺った時に知った、ロータリークラブや町会の皆さんの応援など、社会全体で養護児童の養育に当たるシステムは十分機能しています。
  その中でさらに私たち夫婦が行ったホームステイの意味は何かを考えたら、やはり「個」の支援であると思います。施設も学校も、できる限り個の支援を心掛けても、集団生活の側面があるのは仕方ありません。一般家庭の子が親の愛情を独占できるようなことを、少しでも体感させてあげれば、子どもの心の片隅にあるかもしれない孤独感を和らげることにつながるのではないか、そのような気持ちが一番です。
  縁あって我が家にホームステイしてくれたWちゃんの気持ちを大切にしながら、施設の皆さんの指導や支援も得つつ、これからも時々、Wちゃんをホームステイに迎えたいと思います。