これからの日本をどうするか

  大仰な表題ですが、このところずっと、少子高齢化、人口減少、地方消滅、巨額の財政赤字といった、日本が直面する問題が気になり、関連する本をあれこれ読んだりしていましたので、その寄せ集めの知識や情報の中で、自分の考えをまとめてみました。市井の片隅で私ごときがやきもきしても始まらない問題ということは分かっているのですが、3人の孫の世代やその後の世代にまで少しでも良い状況を残して置きたい。そのためには一人の国民としてどう考え、どう対処していけばよいのか、というわけです。
  概ね次のような項目になりますが、今回以降、順次、書き留めておきたいと思います。
Ⅰ 少子高齢化、人口減少を前提とした社会づくりを
Ⅱ 社会保障制度が一番の金食い虫
Ⅲ 巨額赤字の現状を国民全体で共有する
Ⅳ 年金は積立方式に変換を 
Ⅴ 財源は資産課税中心に(高齢世代から若年世代への財源移転を)
Ⅵ 医療費抑制の取り組みを
Ⅶ 真に必要な者にのみ支援を

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今回はまず、Ⅰです。
Ⅰ 少子高齢化、人口減少を前提とした社会づくりを
  現在日本では、待機児童の解消に向けた保育所の増設、日本人の働き方の見直しなど、出生率の回復に向けてさまざまに取り組まれています。もちろん、それらの努力を継続することは重要ですが、日本の少子化の進行は、晩婚化や非婚化、1950年代から60年代にかけての産児制限の影響による出産適齢人口の減少といったことが根本的な要因ですから、多少、出生率が回復しても少子化そのものは止まらないことを覚悟する必要があります。
  そして少子化が続く一方で、日本人の平均寿命は大きく延びており、戦前の「産めよ増やせよ」時代の世代や、終戦後数年内に大量に生まれた「団塊の世代」とその直後の世代が既に高齢者となっています。このため今後は、さらに急速に長期にわたり、高齢者人口に占める生産年齢人口(15歳〜64歳)の割合が下がり続けることとなります。高齢者人口が増えて年金や医療などの社会保障給付が増える一方で、経済活動の担い手となる生産年齢人口が減少していくのですから、財政的に大変な状況になります。
  次のグラフは、日本の今後の人口の推移を予測した厚生労働省発表の資料です。我が国の、趨勢的な年間出生数の減少、年少人口の減少、生産年齢人口の減少が一目瞭然に示されています。一方、高齢者人口は団塊の世代を中心として、今後15年間ほどは増加を続けますが、さらにその先では減少していきます。

  日本は既に2011年から継続的な人口減少社会に入ったと言いますが、人口の減少は毎年の出生数よりも高齢者の死亡数が上回ることによります。いくら平均寿命が延びたとはいえ、寿命が来れば高齢世代は亡くなっていくという訳で、2030年までは高齢化する人口が圧倒的に多いために高齢者の死亡数の増は目立たず、高齢者人口はまだ伸びていますが、さすが2030年以降は高齢者人口そのものも減少していきます。
  いずれにしても、今後のますますの少子高齢化と人口の減少は避けられないところで、それを前提とした主に経済成長の維持のための対策として、まず一番に言われていることは、高齢者や女性の就業率を高めることです。ただ、高齢になっても働き続けることについては抵抗感のある人もいることでしょうし、女性の就業率を高めることと出生率を高めることとは両立しない面もありますので、日本の置かれている状況を踏まえた上での国民のコンセンサスづくりが課題となります。
  このことに関連して、外国から移民を受け入れるべきだという議論も当然起きてくるでしょうが、ヨーロッパの例を見ても、受け入れた移民に係る社会保障等のコストや異文化の摩擦といった問題も懸念されるので、個人的には反対です。ただ、そうは言っても、例えば高齢者介護の人員が圧倒的に不足する時代はすぐそこまで来ていますので、その方面の職種を中心として、やはり受け入れは進んで行くのでしょう。
  ちなみに、まず想定される中国人については、「一人っ子政策」の影響で中国では今後どんどん少子高齢化が進んでいくので、同国自身の介護人材が不足して、日本に回せる人材は期待できないということのようです。前述したかつての日本の「生めよ増やせよ」や一転しての産児制限運動、そして中国の一人っ子政策など、人口政策を導入した国は必ずそのしっぺ返しを受けると言うことです。
  なお、高齢世代の絶対数が増えていく分、今後、高齢者の死亡数も増えていくこととなりますが、このことに関しやや気になるのは、高齢者施設や病院のベッド増がそれほど見込めない中で高齢者の死亡数が急増していくということは、一人暮らし高齢者の自宅での「孤独死」が増え続けるなど、今後は「死亡難民」の問題が避けられないとの指摘があることです。次回以降に記述しますが、今後の日本では地域社会全体での「見守り」など、かつての近隣の「互助組織」的なものの復活も必要なことのように思います。
  やや暗い気持ちにしかならない少子高齢化、人口減少が続く日本ですが、結論的に言えば、①考え得る限りの出生率の向上対策の実施、②高齢者、女性の就業の促進、③介護の機械化の促進、④経済成長に資する技術開発の促進等に努める一方、①落ち着き、ゆとり等、人口の少ないのも良しとする国民意識の醸成、②どうしても経済成長は見込めないとすれば、昭和30年代頃の「質実であったが心は豊か」だった時代の価値観に戻ればよいと割り切る、しかないと思います。
  とここまで、中長期的な日本の人口構成等に触れてきて思い出したのが、先日のKくんとYちゃんの電話です。先月下旬のある夕方、4歳になったばかりのKくんから電話があり、「おねえちゃんが泣いている」とのこと。Yちゃんに代わってもらったら、「ママが2080年に死んじゃう」と大泣きしています。どういうイキサツでそういう話になったのか分からないし、Yちゃんが本気で泣いているのかどうかも電話口では分かりませんでしたが、私は可笑しいやら心配するやら。
  2080年というのは今から65年後ですから、娘は100歳を超えていますし、今7歳のYちゃんも72歳になっています。そのような年になってからの話ということは瞬時に分かったのですが、Yちゃんにはどういう言葉を掛けたらよいのかには迷いました。で、私が発した言葉は、「その時ママは100歳は超えているけど、人間は120歳くらいまでは生きると言うから大丈夫だよ」。我ながら気が利かない言葉ですが、それにしても、子どもの心配事は面白いと思いました。その時代も平和で心豊かな日本であってもらいたいものです。