囲碁の愉しみ

  長い人生、趣味と言えるようなものをいくつかかじってきました。そのいずれも中途半端に終わり、ものにはならなかったのですが、これだけは老後(年齢ではなく、すべての仕事を辞めた後の意)の楽しみにとっておき、もう一度しっかりと取り組みたいと思っていた趣味があります。それが囲碁なのですが、まだ老後ではない(?)この時期にかなり囲碁漬けになりつつあります。
  そのキッカケは二つあり、一つは学生時代の友人が数年前から囲碁を覚え、かなり強くなっている様子を知ったこと。弁護士とジャーナリスト上がりの2人いるのですが、いずれもプロ棋士に教わっていて、まだ正式に段位は取っていないものの、それくらいの実力はありそうです。もう一つは、初孫のYちゃん(小2)が囲碁に強い興味を持ち、この夏には サマースクールで囲碁を教わると聞いたこと。いずれにしても、友人として、また祖父として、良き相手になってあげねばと考え、ここ20年間ほどまったく遠ざかっていた囲碁をまた少し始めたら、急速にのめりこむ状況になってしまったという次第です。
  私が囲碁を覚えたのは高校生の時です。一番打ち込んだのが大学1〜2年生の頃。社会人になってからも、古き良き時代でしたので、昼休みや勤務明け後に囲碁好き同士集まって打ったり、時たま開かれる全体の囲碁大会に参加したりしていました。そのような折、世話を焼いてくれる人があり、審査を受けて日本棋院の初段の免状もいただきました。「芸は身を助ける」で、議員さんの家に呼ばれて囲碁の相手をしたり、審議会の事務局を務めていたときには、答申案づくりのための合宿先で会長先生の囲碁の相手をして喜ばれたこともあります。
  囲碁を再開してまずやったのは、最近の囲碁事情を知りたいと思い、NHK囲碁講座のテキストを買ったこと。若い棋士女流棋士、中国、韓国の棋士の活躍が以前よりもとても活発な印象です。中国や韓国とは政治的にはしっくりいっていませんが、囲碁で交流するのはとても良いことだと思います。6月以来、毎週日曜日の昼はNHK教育テレビでこの講座とその後のプロ棋士の対局を観たり、留守をするときは録画をして後で観ています。
  次いでやったことは、本格的な碁盤セットを買ったこと。我が家には、私が学生時代に買った折り畳式の碁盤と安っぽい碁笥とガラスの碁石はありましたが、終の趣味として囲碁を再開する以上はもう少し上等なものに囲まれて過ごしたいと思いました。これに関しては、NHKのテキストに通販の広告がいくつか出ているのですが、やはり実際に目で確かめてから買いたかったので、先月、都内の江戸末期から続く碁盤店に出向き、国内産本榧材の2寸厚の碁盤と、本蛤と那智黒の碁石、花梨の碁笥を手に入れて大満足です。人生終盤のささやかな贅沢というわけです。
  さらにやったことは、長い間ずっと碁石を握っておらず、棋力がぐんと落ちているのではないかとの心配があったので、その確認のため、区内の地区センターに相手を求めて打ちに行ってきたこと。初めて足を踏み入れたところだったのですが、見ず知らずの人たちの碁を観戦していたところ、期待通りに世話役のような人が声をかけてくれ、相手をしてくれることになりました。4段ということだったので3子置いて対局しましたが、惜敗。悔しさよりも、惨敗でなかったので少し練習を積めば何とかなるのではないかと、むしろ安堵しました。ただ、図書館の2階にあるこの地区センターは、同じ室内に囲碁や将棋をやる人に交じって中高生が勉強等をしていて落ち着かないのと、公立の無料の場所なだけに碁盤も碁石もペラペラの安物であったのが気になり、これからしょっちゅう来たいとは思いませんでした。
  なお、棋力に関しては先述のNHKテキストの巻末に棋力判定の問題があり、往復はがきで解答すると採点されて戻ってくるのですが、1回目は40点満点のところ、34点でした。高いのか低いのか分かりませんが、問題を解くのが面白いので、これへの応募は続きそうです。いずれにしても棋力向上を目指し、少なくとも3段くらいには昇段することを目標としたいと思います。
  「碁敵」という言葉があるように、これから本格的に囲碁に復帰していくためには、良い相手探しが必須です。我が家の隣家の数年前に亡くなられたご主人は、囲碁がとても好きで退職後も八重洲囲碁センターに通っているような方でした。生前に一度でもお相手をしておればと悔やまれます。今のところ、テレビや本でもう少し練習を積んでから、徒歩圏内に有料の囲碁クラブがありますので、そこの会員になってみたいと思っています。また、都内に行けば元の職場の退職者のためのクラブがあり、囲碁も出来るそうなので、そこにも顔を出してみたいと思います。昔の碁敵に再会できれば最高です。
  そしてなにより、まだ碁歴は短いが強うそうな学生時代の友人とはゴルフコンペ等の都度、手合わせをしたいと思います。孫のYちゃんとは、なんといっても子ども時代は外遊びが一番大切な時期ですから、あまりYちゃんがのめり込まないように注意しながらも、できる限り強くなるよう指導したいと思います。ちなみに、プロ棋士になるには小学生時代に本格的に始める必要があるとのこと。そこまでにはならなくとも、直に私などよりも強くなるかもしれません。
  囲碁を再開して今後ずっと続けていくに当たって決めたことは、囲碁ソフトやネット対局など、パソコンやiPadの上での対局や囲碁の勉強は絶対にやらないということです。老後に一番欠けてくるのは、人間同士の生のコミュニケーション。パソコンやiPadに向き合えば何時間でも時間をつぶせそうなだけに、意識して人付き合いを求めていかなければ引きこもりになりかねない危惧があります。その点、実際に相対して碁石を並べ合う囲碁は、アナログ素材を使った格好のコミュニケーションツールであり、人間的な温かみが特色と言えます。
  このところ毎晩就寝前に、NHKのテキストや昔購読していてなお保存していた日本棋院囲碁雑誌等に登載されているプロの対局の棋譜を見ながら石を並べるのが日課となっています。工芸品のような本榧碁盤の薄黄色で艶のある盤面に厚みのある碁石を静かに置いたときの音や滑る感触が何とも言えない安眠材になって、ずっと不眠症気味だったのが嘘のように熟睡できるようになりました。良い趣味に復帰することが出来ました。