振りむけば・・・

  大学時代の友人から、10月上旬に発売予定の新著の一足早い寄贈を受けました。書名は「振りむけば明日が見える」。一昨年に刊行した「振りむけば戦争があった」という前著に続く、彼の新聞記者時代の取材ノート等に基づいた回顧と、思索の本です。前著が、先の大戦の残滓や戦後も続く国際紛争に直面した記録を基に「国家とは何か、人間の尊厳とは何か」を問いかけるものであったのに対し、今回の本は、半世紀にわたり新聞記者として直面してきた事件や事故、出来事を振り返りながら、日本の未来への示唆となることを提示したものとなっています。
  前著(当ブログhttp://d.hatena.ne.jp/hamaboy/20130929/1380428996 でも紹介)と同様、一読、さすがジャーナリストの視点は違うと感心したり、同時代を生きてきたものとしての強い共感を覚える内容ばかりです。また、これからの日本を生きる若い世代にこそ読んでもらいたいとも思いました。以下、盛りだくさんな内容の中から特に私が感じたことを、断片的ですが記しておきます。

○まずイントロで感動
  様々な事件等が登場する前に、まずこの本の第1章は「戦後日本の原風景」として、宮崎県のある駅での、集団就職で大阪等に向かう中学を卒業したばかりの子どもたちの見送り風景の描写から始まります。昭和30年代、40年代に日本全国で見られた風景で、東北地方の子どもたちが東京の上野駅に向かうところはよく見たように思うのですが、これは私の出身地九州での風景です。私の友人は全国紙の大阪本社採用であったのでここに居合わせたのでしょうか。
  プラットフォームに「蛍の光」が流れると、車内の子どもたちもフォームの両親や中学校の先生たちも涙、涙。あまりに悲しいので駅の人に「蛍の光はやめてくれ」と頼んだら、それではと宮崎県の民謡の「稗搗節」を流すことになった。ところが、この曲が流れ出すと蛍の光どころではなく、もう嗚咽、号泣となったそうです。このくだりを読んでいて私も思わず涙ぐんでしまいました。 
○温かい視点と厳しい視点
 この話にとどまらず、友人は新聞記者の職業柄、市井の人から有名人まで、日本全国あるいは海外の様々な人々と出会い、話を聞いていますが、この本に紹介された多くのインタビュー記事は、新聞記者らしいヒューマニズムというか、温かい視点が溢れています。
  その一方で、死者79人と世界の都市ガス史上例のない惨事となった大阪「天六ガス爆発」事故でのガス会社の安全対策欠如(老朽地中管の放置等)、グリコ森永事件で犯人逮捕のチャンスを逃がしたキャリア警察官僚の捜査指揮ミス(しかも何らの責任とらず)の指摘等、組織の対応には厳しい視点で批判を述べています。
  この本に紹介されたことは、それぞれ取材の時点で新聞記事となり、多くの人が目を通したのでしょうが、こうしてあらためて整理して示されると、日本社会の良さも問題点も実によく分かります。
○ジャーナリストのセンス
  上記の二つの視点以外に気がつくことは、この本に溢れるジャーナリストとしてのセンスです。事件や事故の紹介は、新聞記者が最初にたたき込まれるという、誰がいつどこでどうして等の5W1Hに沿っていてとても分かりやすく、その分析等は歴史的、地理的、分野的な広がりや大きさの中で捉えていてさすがだと感じます。
  思えば大学時代に、憲法の試験で9条についての問題が出たとき、私も含め友人の多くは1項、2項の型どおりの解釈についてしか書かなかったのに比べ、彼だけが日米安保条約に係る集団的自衛権の問題について詳しく触れて高得点をもらったことがありました。どうもその頃からセンスが違っていたようです。
○インタビュー記事で特に良かったもの
  有名人とのインタビュー記事で特に良かったのは、植木等、グスタフ・フォス、宮城マリ子各氏のものでした。
  スイスイスーダラと無責任男を演じていた植木さんの、「スイスイどころかコツコツが大切」という話は意外性があって面白い。実家が浄土真宗のお寺ということは知っていましたが、「朝、母親が台所でトントントントンと包丁を使っている音で目を覚まし、夕方、外で遊んで帰ってくると温かいご飯とよく煮しめたおかずが食卓に並んでいた」子ども時代の思い出話は、子どもの幸せにはどんなことが最も必要かを考えさせられます。
  鎌倉にある神奈川県内の進学校御三家の一つ、栄光学園の理事長を務めていたグスタフ・フォスさんの戦後日本での民主主義の理解に関する批判は、言われてみればそのとおりです。曰く、アメリカの民主主義は裏にキリスト教的な道徳や倫理観等がしっかり働いているのに対し、日本の一番の間違いは、昔の道徳の代わりに民主主義があるのだと思ったこと。そのため、道徳や規律を捨てて単に権利だけを尊重するようなことが、子どもの教育の場で見られるようになったということです。この状況は現在改善されているとも思えませんので、学校でも家庭でもしっかり見直していく必要がありそうです。
  肢体不自由児の社会福祉施設「ねむの木学園」をつくった宮城マリ子さんの話も感動的です。宮城さんが私財を投げうってねむの木学園をつくった話は有名ですが、詳細は初めて知りました。女優としての役づくりのために訪れた施設で、当時の障害児の就学猶予制度を知って耐えられない思いとなり、自ら生活の場と学校とが一緒になった施設づくりを思い立ち、実際、それを実現させたとのこと。しかも、県庁に出す手続きの書類も自分で何回も書き直しながら1年がかりで行ったそうです。
  「窓際のトットちゃん」の印税を元に聴覚障害者の社会福祉施設や聾唖者の劇団をつくった黒柳徹子さんのこともよく知られていますが、宮城さんにしても黒柳さんにしても、心優しく実行力もあって本当に立派だと思います。そこにいくと、大リーガーとして桁違いの年俸を貰っている上にTV等のコマーシャルにこれでもかというくらい出ている選手、新興大企業のオーナー社長等々、現在の日本には超高額所得者はたくさんいますが、その一部をチャリティのために出したというような話はついぞ聞きません。すべて国任せではなく、社会福祉の充実にもっと様々な層の国民がそれぞれに出来ることを協力する。そのような風潮がつくれないかと、宮城さんの話を読んで感じました。
○羨ましい司馬遼太郎氏との交流
  友人が司馬遼太郎氏と交流があったのを知ったのは、同氏が逝去されたとき彼が社の新聞に「目線を低く、志を高く」と題して署名入りで書いた追悼記事を、思わぬところで発見したのがキッカケでした。その記事は翻訳されて系列の英字紙に転載され、さらにその後にその英文記事が高校の教科書に載ったのですが、その頁を英語の個人教師をしている私の妻が偶然に発見。私が彼に知らせたところ、彼自身はまだその教科書のことは知らなかったのでした。早速その英語の教科書を送ってあげましたが、教科書にも載るような文章を書いた友人のことをとても誇らしく思ったものです。
  社は違っても新聞記者という共通の経験があるためか、友人は、司馬氏が「坂の上の雲」を執筆していた頃から知遇を得て、ずっと親しく交流をさせてもらっていたようです。この本によれば、司馬氏は駆け出しの記者の友人に記者のありようといった気概や志についてそれとなく語ってくれたり、自分の作品が演劇化されたときの初演に奥さん連れで招待してくれたりしたとのこと。とても羨ましい話です。偉大すぎる作家であり著作も膨大なので、実は私はこれまで、大河ドラマ化された作品をTVで観たり、「街道をゆく」シリーズの数巻を読んだ程度でしたが、これを機会にもう少し本格的に読んでいきたいと思います。
暴力団追及に見る胆力
  関西は暴力団絡みの事件が多いところでもありますが、この本によれば、巧妙な手段で大企業に食い込もうとしていた暴力団の動きを新聞記事にしたところ、彼の社の編集局にその暴力団の組員数名が鉄パイプを持って押しかけてきてケガ人を多数出したことがあったそうです。しかし、さすが新聞社、「暴力にはペンで戦う」として、暴力団追及に手を緩めなかったとのこと。また、友人が広域暴力団の絡む事件の取材のためにある組長と料理屋で会って話を聞いた話も紹介されていますが、組長は巨漢のボディガードを連れてベンツに乗って現れたそうです。
  普通の市民からすれば恐ろしい光景ばかりですが、これらの話から感じることは、新聞記者の胆力です。特に友人にはそれが強かったのではないか。そこも買われて、社会部長や編集局次長を経た後、取締役局長や子会社社長にまで上り詰めたのではないかと、密かに納得した次第でした。
○あとがきで新聞の未来にも言及
 インターネットの普及に伴い若者を中心とした新聞離れが進んでいる話は私も知っていましたが、それと併せて友人があとがきで触れていた、パソコン時代となり、記者がパソコンにかじりついていて取材に出て行こうとしないこともあるような話には私もびっくりしました。しかし彼は、現場を踏んで掴んだ情報は、真実に迫るという点で、ネットで手に入れた真偽不明の情報とは根本的に違うと断言します。
  そして、戸別配達からネット対応の有料電子版に徐々に変わっていくかもしれないが、記者が十分な取材をし、正確、公正、迅速なニュース、情報、解説を読者に送り続ける限り、新聞としての役割は変わりなく持続していくと展望しています。
  私もその通りだと思うし、必ずそのようにならなければならないと思います。新聞記者という職業が今後ともずっと若い人のあこがれの職業であって欲しいと願うとともに、できれば私の3人の孫の一人が将来それに就ければと願っています。


<参考> この本は10月9日からアマゾンでも買うことが出来ます。
 書名  「振りむけば明日が見える 〜事件記者の現場 半世紀の日本〜」
 著者  白石喜和
 発行  ブイツーソリューション
 定価  1,200円+税