オレオレ詐欺

  元の職場の後輩が席亭を務める「街かど落語会」に行ってきました。出演は女流と若手の2名で、どちらもまだ二つ目ですが実力抜群。狭い居酒屋の会場での新作落語の熱演に、40名ほどの客は座布団から何度も転げ落ちるほど笑いっぱなしでした。
 で、その日の演題そのものではありませんが、若手の噺家がマクラに喋ったことに妙に「ありうる話」として気になったことがありました。どこまでが本当でどこからが作り話かの虚実は分かりませんが、まだ30歳というその若手の噺家が、オレオレ詐欺の被害者になり損ねた?話です。
 ある日、その噺家あてに「お父さんだ。ちょっと困ったことが起きて急にお金が必要になったので、50万円を貸してほしい」と、振込先の口座番号も書いてメールが来たとのこと。「お母さんには内緒にしておいてほしい」とも書いてあったので、「親父が何かやらかしたな。しょうがない、助けてやるか」と、疑うことなく、いくら若手の二つ目でも50万円くらいの貯金ならあるので、すぐに振り込んだそうです。
 ところが振り込んだ後、よく考えたら、メールアドレスも振込口座も今まで知らないものだし、今まで父親からそのような話があったこともないので、完全にオレオレ詐欺に引っかかったと思い込んだとのこと。で、すぐに父親に電話をして確認したら、「ああ、振込ありがとう。すぐに返すから」という返事があった。しかし、1年以上経った今もまだ返してもらっていない、とのオチでした。
実の父親からオレオレ詐欺まがいのメールで金をとられた?という話なのですが、私は、この話から、オレオレ詐欺の被害者といったら高齢者というのが定番のところ、これからは逆バージョンで、高齢者が若い世代を騙して金を巻き上げることが起きてもおかしくないのではないか、そうなったら面白い?と思ったのでした。
 (「オレオレ詐欺」というのは一番最初の頃の呼称で、その後、「振り込め詐欺」と言ったり、「なりすまし詐欺」と言ったりして、現在は「母さん助けて詐欺」と言うそうですが、「母さん助けて詐欺」では表現が優しすぎる。私は、「オレオレ詐欺」というのがやはりこの犯罪形態のニュアンスを一番よく伝えていると思います)

 オレオレ詐欺の被害は一向に減らず、被害者の9割が65歳以上の高齢者だそうです。そのため、高齢者は駅頭で警察官等から「被害に遭わないように」というチラシを渡されたり、銀行のATMを使う時は、後ろで係員に監視されたり、場合によっては声を掛けられたりしています。私はこれらが、高齢者を一律に劣った存在、騙される存在とみなしているようで、あまり良い気持ちがしていませんでした。しかし、逆バージョンのオレオレ詐欺が頻発するようになれば、このような高齢者差別?も少なくなるかもしれません。
 実は、まだ私たちが還暦前後だった10年くらい前、オレオレ詐欺が流行りだした初期の頃ですが、大学時代の友人が、この詐欺に引っかかって、300万円を取られたことがありました。某一流大学に通っていた愛娘が、車を運転していて暴力団員の乗った車にぶつけて、事務所に拉致され、そこから父親に救出を求める電話を掛けさせられたらしいです。「300万円をすぐに振り込まないと娘の身に何があってもしらねえ」と、暴力団の下っ端やもう少し上の位のが出てきたり、「お父さん助けて!」と、泣きじゃくる娘さんが出てきたりとの迫真の演技に、私の友人は「すぐに金を入れるから、絶対に手を出すな!」と大慌てで、言われるままに銀行のATMから300万円を振り込んだそうです。
 それでもさらに追加の要求があり、仕方なく家に帰って金策をしていたところ、隣の部屋にいた大学生の息子が「お姉ちゃんに電話をしたら元気だったよ」と知らせてくれて、やっと騙されていたことに気がつき、地団駄を踏んで悔しがったが後の祭りだったということでした。
 この話をそのすぐ後のゴルフコンペで聞いて、みんなは最初、痛く同情をしたものの、最後は不謹慎にも大笑いをしてしまいました。というのが、某工作機械メーカーを早期退職をして、その会社の機械を販売する会社を個人で興し、相当の利益を上げていた彼は、「騙すことはあっても?、騙されるようなことは決してない」タイプのやり手の経営者だったからです。その彼が愛娘の一大事になると、ころり騙される。この落差が可笑しかったのですが、彼に言わせたら、「お前たちも同じ状況になったら、絶対に騙されるよ」ということでした。 
 確かに、彼を騙したオレオレ詐欺の一味は、彼の会社の登記簿や住民票で所在地や家族構成等を十分に調べた上で犯行に及んだらしく、彼が思わず本気にしたのも無理からぬ状況は大いにありました。「綿密なリサーチ」と「迫真の演技」があったわけです。
 事件後、彼は奥さんからこっぴどく叱られたらしいですが、彼が偉いのは、騙された悔しさをバネに仕事に励み、直後の商談で、被害額の300万円を越える儲けをすぐに出してリカバリーしたことです。友人である我々は、彼でも被害に遭うくらいだから、我々はもっと気を付けねばと、とても良い教訓になりました。
 そして私は、もし我が家にオレオレ詐欺の電話が掛かってきたら、騙された振りをして電話を長引かせて警察に連絡、逆探知をして逮捕してもらおうなどと、手ぐすねを引いて待ってもいました。しかし、現在まで10年近く、何の連絡もないところを見ると、我が家に金が無いことは世間に広く知られてしまっているようです。
 本題に戻って、逆バージョンのオレオレ詐欺ですが、時間はたっぷりある高齢者のグループが、高齢者は騙されるだけの劣った存在というこれまでの常識に反発をして悪知恵を絞り、IT成金のような若手の金持ちから見事に金を騙し取る! というようなことは、犯罪の教唆、扇動になるので、やはり冗談にでも勧めてはいけないことですよね?